名誉会長・会長挨拶

会長 玉井郁巳

このたび、薬物動態談話会の会長に御指名いただきました。歴史ある本会の運営と発展に貢献できる機会を与えて大変いただきうれしく思います。ご推薦いただきました前会長の杉山雄一先生ならびに常任幹事の皆様をはじめ会員の皆様にお礼申し上げます。

1972年に「安定同位体研究会」として始まり、1977年には「薬物動態研究会」と改称して初めて「薬物動態」という言葉を用いた歴史があり、草創期から形成期へとけん引されました長谷川賢先生、宮崎浩先生、ならびに加藤隆一先生の先見の明にまずは敬服いたします。私は1982年に金沢大学薬学部(辻彰先生主宰の製剤学教室)を卒業しましたが、ちょうどその頃の1983年に、本会は「薬物動態談話会」として現在の名称となり、企業研究者の科学的な意見交換・交流の場としてその意義が明確になっています。私自身はずっとアカデミアに在籍していますが、薬物動態学分野でのキャリアとほぼ一致するということを知り、大変親しみを感じております。発足時から50年以上、現名称になってからも40年以上の歴史をもっており、この間の薬物動態分野の進展は目を見張るものがあります。加藤隆一先生から山添康先生、そして杉山雄一先生と本分野を代表する方々が本会の会長を歴任され、薬物動態学分野の研究と本会の躍進を実感している身として、今後の薬物動態学がどう展開していくかが楽しみでもあり、また会長にご指名いただいたことで責任も感じています。

アカデミアにおいて、おそらく製薬企業においても体内濃度を測定して動態パラメーターを求めることが主であった薬剤学・体内動態分野が、この40‐50年間にわたる本分野研究者の努力によって、薬学・創薬における重要性が認識されるに至っています。この背景には、結果オーライ型ではなく、薬物代謝酵素やトランスポーターに関する基礎的研究と創薬・開発を支えるモデル化や周辺領域の技術を用いることで動態・薬効・毒性予測性を高めるための基礎・応用のサイエンスの進展があったためと言えます。

新規化合物の薬物動態特性は、基本的には投与してみないとわからず、薬理のように対象ターゲットが決まっていません。それだけに、本会のように各企業の経験を共有することは創薬を促進させることができるはずです。アカデミア視点では、各社が経験した新規化合物が示す動態特性は、新たな生体メカニズムなどアイデアを発想する研究シーズともなります。
薬物動態談話会が情報を共有し、それをサイエンスとして普遍化するよう今後もサポートしていきたいと思います。皆様の積極的な参加により本会を盛り上げていただけることを期待しています。どうぞよろしくお願いいたします。

薬物動態談話会
第4代会長 玉井郁巳

 

名誉会長 杉山雄一

山添康前会長の築いた基盤を継承し、2012年11月から2024年1月まで薬物動態談話会の会長を務めました。この役目を玉井新会長へと引き継ぐにあたり、私たちの談話会が遂げた進歩に思いを馳せます。

加藤隆一先生によって創設された薬物動態談話会は、46年の長きにわたり、深い歴史と伝統を紡いできました。私は、その貴重な遺産を未来へと継承し、談話会のさらなる発展を目指して努めてまいりました。

談話会は製薬業界をはじめ、CRO、バイオベンチャー、分析機器・試薬メーカー、IT企業といった多様なセクターを結集しています。薬物動態研究の基盤拡張と専門知識の向上を通じ、学術界、規制当局、業界間の交流を促進し、最新情報の提供に努めてきました。 玉井新会長の下で、常任幹事、企画幹事、庶務幹事、セミナー幹事、会計幹事間の対話を一層活性化させ、談話会の飛躍することを願っています。

私たちの会は、薬物動態を核とする企業主導の集まりであり、その重要性の向上と基盤の強化を最優先課題としています。学術界と規制当局は、この目標を支える重要な役割を担います。

名誉会長として、薬物動態談話会の主要な会合への参加を続け、その進展に貢献することを約束します。引き続きのご支援と協力を心よりお願い申し上げます。

薬物動態談話会 名誉会長
杉山雄一

 

名誉会長 加藤隆一

薬物の生体への作用を考える場合、投与または摂取された薬物がどのような形と濃度で作用部位に存在するかが重要となる。すなわち、作用部位に活性薬物ありきにより始まる。

薬物は代謝を受け、その構造が変化すると、その効力は一般には減少する場合が多いが、毒性はまれに増強される場合もある。
それゆえ、薬の個体レベルでの薬効や毒性を評価する場合、作用部位におけるそれら活性体の濃度の経時的な把握が必要となる。特にそれらに強い影響をおよぼす薬物の代謝を明らかにすることが重要であった。

薬物の代謝研究のためには、分析化学的手法、酵素化学・生化学的手法が必要となった。それゆえ、初期の薬物代謝研究の発展には優秀な分析化学者、酵素化学・生化学者の多大な貢献があった。

1958年、精神神経科の臨床医であった筆者は薬の効果・毒性の変動が薬物代謝酵素の誘導・阻害あるいは性差・種差・年齢差による血漿と脳内濃度の変動がパラレルに起こることを明らかにし(これらはPK/PD研究のはしり)、薬理学者に転向し薬物代謝の研究に従事した。

1970年代に入るや製薬企業でも薬物の吸収・分布・代謝・排泄(薬物動態)など医薬品開発における重要性が認識され、薬物代謝部門が新設されるようになった。1980年代に入り、薬物動態の研究者は広く学び実力を付け、medicinal chemistと協同でdrug designに関与するようになり、研究者数も増加した。

この間、慶応大における鎌滝哲也・山添康らの活躍、また、筆者の第3代ISSXの会長就任(1996年~1997年)、第2回ISSX国際会議(1998年)の神戸での開催などにより、日本における薬物動態研究は世界をリードするようになった。

1990年代に入り、世界的にヒトにおける薬物動態の研究が盛んになり、日本における研究は欧米にくらべて遅れを取ったが、ヒト組織や発現系の利用が可能になるにつけ、欧米に追いつくようになった。

一方、生体内薬物の移行に関して、トランスポーターの研究が盛んになり、日本では辻彰、杉山雄一グループの活躍により、世界をリードするようになり、トランスポーターの重要性が広く認められるようになった。

このような研究の流れの背景として、薬物の活性の増強を目指し、従来よりも分子量の大きい(400~550)化合物の開発が増加してきたことと、さらにmedicinal chemistの努力により、水溶性が高くても消化管の吸収の良い化合物の開発が増加してきたことがあげられよう。薬の効力や毒性が活性薬の作用部位の非結合形の濃度に依存し、非結合形の血漿濃度との間にPK/PD関係が成立すると考えられてきたが、トランスポーターの関与により、作用部位の薬物濃度を考慮せねばならないケースが増えてきた。

企業の研究者として、ヒトの標的に重点を置かねばならない昨今、開発の効率化のために以下の研究の発展を期待し、その成果を学び取り入れることが必要とされよう。

  1. 薬物の化学構造と代謝活性の予測
  2. 薬物の化学構造とCYP分子種のかかわりの予測
  3. 薬物の化学構造と膜通過性とトランスポーターのかかわりの予測
  4. ヒト血漿薬物濃度の非観血的な測定法の開発
  5. PETその他によるヒトの作用部位の非結合形薬物濃度の簡易評価方法の開発
  6. 薬物相互作用のin vitroの結果からの予測
  7. Pharmacogenomicsの人種差、個体差とヒト動態への影響の予測
  8. 乳幼児/小児・高齢者・患者などにおける薬物動態の予測

これらのデータの蓄積からmodeling and simulationのtry and errorにより、in silicoでの作用部位の非結合形の活性薬物濃度と薬効濃度の関係の予測の妥当性を高める努力が若い研究者の今後の重大な課題となろう。

薬物動態談話会 名誉会長
加藤隆一